主張6(2008年月n月1日〜5月29日)

2008.5.29(木)晴

9年振りに「だらだら議会から脱却」

 

 栄町議会がようやく変化していく兆しが現れた。今迄何度となく栄町議会がだらだらし過ぎと言っていた。今迄は、昼休みは1時間半、会議中の休憩は1時間会議で15分の休み。極め付きは1日2人しか一般質問をさせない、というものであった。しかし3月に選挙があって16名が選ばれ、新しい議長になり、最初の議会運営委員会冒頭で、新議長は議会は簡潔に分かりやすくすることが町民の願いだということを宣言して、議運に新しい議会運営を求められた。結果、議運では1時間の休憩、10分の休み、一般質問は午後5時までフルに会議をするということになり、全員協議会で全員の賛成を得た。それだけでも議会は変わるのでないかと予感させることであった。ようやく「だらだら・・・」から脱却する。2年前の3月26日に発行した栄町見聞録120号の後書きは下記のようなものだった。『今まで14年も議会にでてきたが、今回ほど内容が充実していたことはなかった。ただ残念なのは相変わらず、一日二時間の会議にみられるようにだらだら議会だ。一般質問は10名。他の市町村ならば2日で終わるところ、5日もかけている。昼休は1時間半。暫時休憩は15分の休憩。あまりにもゆったりし過ぎ。民間には考えられない会議の運営だ。でも今回は会議の中身は非常に充実していた。行政側の回答が非常に簡潔になったのは評価。』

2008.5.26(月)晴

活力ある国際空港都市づくりシンポジウム

 

 すでに8年ほどになるが、神崎町の方と一緒に成田市周辺地域の合併を検討しはじめた。当時は第一次合併の時であったが、成田市長の大合併案が成田市議会に拒否されて責任をとって辞任されたりした時、この会を周辺市町村の議会議員と共に立ち上げた。栄町に議会議員も参加したらどうかと呼び掛けたのだが、今までにこの会に参加はするが、実行委員になって活動する議員はいない。成田市議を刺激すると合併は上手くいかないという考えだったらしい。私は反対に刺激しなければ動かないという考えだった。成田空港は成田市のためのものではなく、日本の表玄関なのだ、もう少し成田市議や成田市民が現状の成田空港だけのことを考えて行動するより、10年,20年後の日本を考えて行動すれば、現状の小さなローカル空港でなくて、地域全体を含めた大空港になるという考えが、この会の原点なのだ。今、羽田空港が石原都知事の号令で、第4次拡張を完成させ、次の第5次拡張に向けて動き出している。しかも東京だけでなく、神奈川県や横浜市をも含めた動きをしている。それに比べ成田空港は足腰の弱い千葉県と成田市だけの空港で右往左往している。既に国も羽田の実力を評価し、羽田の国際化方針に変更している。また国際的にも競合の韓国ノインチョン(仁川空港)や上海空港などに遅れをとっていくのは必須。成田市は空港だけでなく、すべてが本当にローカルだ。25日の会には成田市役所に約250名が周辺市町村の議員も含めて集まった。栄町からは議員が私も含めて7名参加した。読売新聞新聞社説成田シティジャーナル

2008.5.23(金)晴

成田空港開港30年

 

 栄町民が成田市と合併した方がよいとアンケート調査(栄町役場=大野町長時代)に結論をだしたが、結果的には成田市議会が大合併をこばみ合併はできなかった。遅々と進まぬ合併に、今かb4年半前の平成15年11月に4人の議員有志で5043名の署名をたずさえ成田市長を訪問した。しかし時すでに遅く、成田市は下総、大榮町とのみ合併した。その後、当時の栄町長は2期目に落選し、合併を旗印にした現在の町長が当選した。今年は2期目の当選を果たし千葉県の第2次合併へ向けて始動している。成田空港が開港して30年、これからの成田空港を心配して多くの意見がだされるようになってきた。おおかた成田市は合併して特例市をめざせという内容だ。特に期が付いた意見をここに掲載してみる。読売新聞新聞社説成田シティジャーナル

2008.5.20(火)晴

ようやくかなった2つのこと

 

 安食駅前の階段に手すりが年内につくと栄町役場の担当者が連絡してきた。昨年県議選の前に安食駅前で朝一番に立って、自分の政治活動をしていた時、足の不自由な方が駅前の階段を非常に辛そうに上って行くのが見えた。ここに手すりがあればいいと思ったのです。そして役場に掛け合い、何度かどうなっているのか聞いていた。わずか5段の階段に手すりをつけることぐらい難しくないと思っていたが、そこはJRの敷地内。うかつに役場も手が出せないと知ったのはそれからずっと後の事。役場の粘り強い話合いで、ようやく平成二十年、つまり今年中にその手すりがJRの資金で取り付くようになったとのこと。早速、その足の悪い方にそのことを連絡した。大層喜んでくれたが、大変時間がかかったことを陳謝した。でも役場の職員の粘り強い努力が実を結んだと私も大変よろこんだ。

 下総松崎駅を利用する方々の奥様から連絡があった。朝夕の送り迎えの時、駅前で車のすれ違いが大変危険。横の大木で前方が見えず、ましてすれ違う車があると、非常に危険で冷や汗をかくとのこと。道を広げられるかと依頼があった。しかしそこは成田市。栄町の議員が成田市に出向いてもあまり効果は期待できない。そこで成田市議に連絡をとり訳を話すと、さっそく現地を視察し成田市役所との話をしてくれた。役所の職員もその場所の危険を感じてくれ、すぐに駅前住民の同意をとりつけ、改善策がとられるようになった。たとえそれが栄町の住民が主に使用する道であっても、場所が成田市ならば、何とか利便性を向上させようという、成田市の対応には頭が下がる。またそれを取りはからってくれた成田市議にも心より感謝したい。成田市はそう言う意味では懐の深い市だ。この地域の中心になる自治体だと改めて感じた。成田市議の対応といい、成田市の対応といい、なにか大人の対応を感じたのは私だけではないと思う。

2008.5.15(木)晴

3月当選議員の公約集

 

 3月16日の選挙で当選した議会議員の公約集をまとめました。一度御一読下さい。5月1日の初議会の時に決まった人事も分かります。議長に岡田正市氏を決め、副議長に染谷茂樹氏が就任した。小生は議運の委員長になった。議員全員の公約をまとめてみました。

2008.4.23(水)晴

3月当選議員の初会合(説明会)

 

 3月16日の選挙で当選した議会議員予定者(5月から議員になる)が集合した。議会事務局が事前に説明会を行った。小生が当選した時はこのような説明会はなかったように記憶している。その時の一番近い議員にいろいろなルールを教えてもらったと記憶している。議会事務局も説明を大切にするようになった。当時は長老議員と言われる人がいて、その方の近くによれない雰囲気をもっていた。威厳や権限があったように記憶している。新議員と古参議員には歴然と壁があった。今は大分その点はフランクになってきている。ストレートな世の中は大切にしなければならないが、含みのある味わいの世の中も大切にしたいなと感じた議員説明会だった。4名(議員の25%)の新人議員が今後町政に自分の意見を発言していくのを聞くのが楽しみだ。どのような新しい論点でせまっていくのか大変すばらしい議会になるだろう。

2008.4.21(月)雨

江戸を歩く玄武館(千葉周作の道場)

 

 江戸時代末期、神田お玉が池のほとりに玄武館とおいう千葉周作の道場があった。ここには土佐の竜馬なども通ったという。ここはお江戸日本橋から歩く事20分。この場に立って、江戸から明治に移ろうとする時代に活躍した人達の気持ちを考えてみた。千葉周作という人は剣はもちろんのこと、言葉も上手かったらしい。戦った相手が門下生になったとのこと。まずは腕前、技前、そして相手の理解を勝ち取るのに卓越していたらしい。営業も同じだ。まずは営業能力、技術、それに誠意だ。何でも同じような原理原則なんだろう。そんなことを考えてこの場所にしばしたたずんだ。 

2008.4.2(水)晴

選挙管理委員会に提出した選挙費用約15万円

 町議選挙が終了して選挙にかかった費用を提出しなければならない。これが結構めんどくさい。町議選では法定費用はおおよそ231万円(町長選挙ではおおよそ352万円)が限度額。おおよそと書いたのは告示日にわかることになっているからだ。私の場合は148,796円であった。ボランティアで多くの方が手伝ってくれた。車の看板、事務所の場所代など応援者が無償でかしてくれた。演説だけなので、ウグイス嬢も頼まなかった。多くの皆さんが手伝ってくれた選挙であった。感謝。2008選挙結果詳細 ご意見をどうぞ

2008.4.1(火)晴

居合早朝練習開始

 昨年60才になった時に誘われた無双直伝英信流。剣道もしたことのない人間だったが、やりはじめて驚いた。その道は非常に深く、遠いところにどんどん行ってしまう武道だ。追いつけないくらいすごい習いものだ。すっかりはまってしまった。4月1日より早朝練習を開始。すがすがしい朝が迎えられる。 ご意見をどうぞ