私の主張綴り14  2009.5.1〜6.30

6月

  • 2009.06.30(火)晴   栄町見聞録129号
  • 2009.06.24(水)雨    東国原知事自ら総理候補にするなら出馬してやっても良いと宣言
  • 2009.06.15(月)薄曇    予科練記念館を見学して思ったこと
  • 2009.06.05(金)雨    千と千尋の神隠しで分かったこと
  • 2009.06.02(火)晴    6月定例会で人事院勧告で出した議案に反対した
  • 2009.06.01(月)曇    ブログ市長の鹿児島県阿久根市長の選挙

5月

  • 2009.05.13(水)晴    与野党交代可能な国会への道

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Verba Volant, Scripta Manent

(話した事は飛び去るが、書いた事は残る)

 

日々の主張ブログ14 (2009.5.1 〜 6.30)

2009.06.30(日)晴

栄町見聞録129号発刊         

  2009年6月定例議会の議会報告を28日の朝刊に折込んだ。A3版裏表印刷で総部数9250部を栄町の新聞に 折込んでもらった。最近では新聞を取らない人が増えているとのこと。情報入手はテレビとインターネットが主体となっていると のこと。確かにテレビもインターネットも情報の命であるスピードは新聞よりも上回っている。新聞は一日遅れなのだ。紙媒体の 弱さでもある。しかし、遅れた分正確さを売り物にできるはずであるが、最近の新聞メディアも大衆迎合で正確さよりも、部数を 延ばすためにご機嫌取りを優先している。見聞録を出し始めてから既に17年目になる。多くの支持者を得たのも事実だが、反対 に反対者も出してしまった。この見聞録は私個人の考え方を出しているので、賛成者も反対者もでるだろうとは最初かた予想して いた。特に同じ議員連中からは大変嫌われた。何度も全員協議会などで、野田の議会報告は辞めろと迫られた。それには個人の政 治活動を議員の多数決で決めるのはおかしいし、そんな多数決には従うわけがないと突っぱねていた。昔の首長や役場課長連中も 見聞録を目の敵にしていた時もあった。都度、私はどこが間違っているか指摘して下さい。もしも間違っていたら訂正しますと答 えていた。確かに明らかに間違いはあったが、それは単純ミスであた場合がほとんどだった。特に役場職員の一部と議員の一部に 過激な反対者がいたのは事実であった。議会ごとにだしてきた栄町見聞録も既に129号になった。17年で割り算すると年間7.2回 の見聞録を出してきたことになる。枚数は当初5500枚だったので、通算12万枚出した計算になる。これも議会のことを伝 えなきゃ、誰も理解しないし、議員報酬を皆様の税金から貰うので報告は議員の義務と感じていたからである。今でもその思い は変わらない。自宅に備えた印刷機は3代目だ。パソコンは10台ほど使った。機械は買い替えられるが、気力、体力、財力がい つまで続くか。そういう年齢になってきた。体力の限界という言葉で横綱千代の富士は引退したが、この言葉をその時に使おう。 栄町がもう少し良くなるまでは私もがんばろう。栄町見聞録129号

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2009.06.24(水)雨

東国原知事自ら総理候補にするなら出馬してやっても良いと宣言

    宮崎県の東国原英夫知事が6月23日、自民党の古賀誠選対委員長から、次期衆院選への出馬を要請され「次期総裁候補として 衆院選を戦う」という爆弾的条件を突きつけた。麻生自民党もすっかり度肝を抜かれたとの記事がでていた。
  私はいつも言っているが、政治は誰でもやらねばならない仕事。政治から逃げては生きていけない。何らかの形で常に政治と 隣あわせで生きていかねばならない。つまり人とのコミュニケーションが取れる人ならば、誰でも政治家になる素養があるのだ。 政治家になるための洗礼式である選挙などはまさに人とのコミュニケーションを多くとることができるかどうかの場である。
  話を元に戻すが、東国原知事(そのまんま東)が自分の言動で自民党を試したのだ。国政に携わったことのない人が、県知事 としてまだ1期も終えていない人がよくそこまで言えると驚いた。政治は、若者、ばか者、よそ者にしかできないといった言葉 があるが、まさにこの3者を言葉に出した東国原知事を自民党がどう迎えるかだ。 民主党の影におびえる自民党に、ここぞとばかり匕首を突きつけたそのまんま東氏。まるで映画の一シーンを見ているようだ。

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2009.06.15(月)うす曇

予科練記念館を見学して思ったこと

   先週の土曜日に茨城県の霞ヶ浦の自衛隊基地内にある予科練記念館に行った。昔、国を守ろうと志願して海軍航空兵見習いが 訓練をした場所だ。その一角に航空母艦を模した記念館があった。前には山本五十六元帥の立像が立ち、今でも若者を見守って いるようだった。館内はそこで訓練を受け、任地に赴任する前、もしくはご遺族から寄贈された手紙、写真、遺品がきちんと整頓 され、当時の若者の心境を見学者に伝えるように展示されていた。
 入り口にはボタンがあって、それを誰かが押したのか、予科練の歌がハーモニカーの音色と共に流れ始めた。
 その資料を見ていくうちに、今から65年前に散っていった若人の心情、意気込みが伝わってきて、私も当時の親の心情になり、 涙がとまらなくなった。ほとんどの手紙にはまず親不孝を許してほしい、国のために、父母のために、妹、友人のために米英を打 ち砕く、だから悲しまないで欲しいという内容だった。手紙は几帳面な文字で、余分な字句はなく、淡々としているものが多かった。 読むうちに徐々にこの若者たちが親元を離れた16歳頃の文面にしては本当にまとまっていると感心した。心配しないで喜んで欲しい という文字を書く心境を思うと、再び涙がでてきた。これを読んだ親御さんはさぞ涙が枯れはてたことだろう。もう少し親孝行をした かったという手紙が多かった。まるで生きていることが辛い、早く死んで国のためになりたいという気持ちがここには綴られている。 ふと気が付いた。この時代は生きる意味を見つけるよりも、死ぬ意味の方を早く見つけられたのかもも知れないと思ってしまった。
 現代でもそうだが、日本では生きていることが辛くて死を選ぶ人が年間3万人いるのだ。日本の精神文化は、生きるこよりも死ぬ ことで結論をだそうという風土/習慣があるのではないだろうか。国を守るため、一度戦争が起きれば、自分の死で 何か大切なものを守るという精神風土的が一昔前なら、今は、生きて苦しみを味わうよりも、死んで楽になる方を選ぶ時代なのだろうか。 死への選択よりも生への選択をする精神文化を大切に育てなくてはいけないとこの記念館で誓った。

地図:http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&oe=UTF-8&hl=ja&q=&om=1&z=17&ll=36.046774,140.221853&spn=0.005656,0.007628

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2009.06.05(金)雨

千と千尋の神隠しで分かったこと

   今更といっても過言でもないが、今晩テレビで「千と千尋の神隠し」を見てしまった。最初に見たときから何度も見ているが、 その都度見入ってしまうアニメだ。今晩ふと気がついたことだが、この映画に出てくる千尋こと千は親から離れてから不思議な 世界に入って行くが、そこで出会う人間の世界にはいないような怪物や、動物、人間のようなお化けなどに対しても、自分を素 直に表現して、対等にというか、平等に話している。そこには上も下もない、優越感も卑下した感情もない。徹底的に平等意識 を持って対応している。どんな場合も自分の意志をきちんともって、誰とでも真正面に向かいあっている。そこで千は素直に生 きる事でこの主題である「生きる力」を見つめるのだ。われわれ議会議員も素直に見つめ、正しいと信じることを言わねばなら ない。でも根底にあるのは人としての道が必要なのだ。

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2009.06.02(火)晴

6月定例会で人事院勧告で出した議案に反対した

  6月定例議会が5月29日から始まった。今回は人事院勧告がでて、職員の夏季一時金を0.2ヶ月分を 減らせというのだ。理由はいつもは8月、9月に人事院が民間の夏季一時金の状況を見て、上げ下げを通達して くるのだが、今年は「百年に一度の金融危機」だから、夏季一時金はいつもより低くするというのが狙い とのこと。現政権のマスコミ批判事前対応策とも受け取れる。人事院勧告には今まで素直に従ってきた栄町だが、 この可否を判断するのは議会である。
  私はこのやり方が気に食わずに反対した。給与が多いとか少ないとか少なくとも役場職員の生活の根幹をなす 給与を政府のマスメディア対策で急遽下げるというのはおかしいやり方だと思った。議会議員の報酬を どのようにするかも議論されず決めることはまずい。この議案を賛成するならば、今すぐに議員の報酬に ついてもきちんとした考えを議会は出すべきだ。議会は自分たちのことを棚にあげ、人事院の勧告だけに 賛成することはおかしいのではないかと思った。議員の報酬について2,3日で決着つける のはできない。第一、議会の中にはこれ以上下げるのは良くないという考え方をほとんどの議員は持っているからだ。 議員は人事院勧告に従う必要はないが、職員の給与を減じる議案に賛成するならば、すぐに議員の報酬についても 何らかの結論を出すべきと思っていた。それには時間がなさ過ぎた。最近では国や県のその場限りの押し付けが 目立つ。
  民間はこの金融危機で、倒産したり給与も減じられたりひどい目にあっていることは事実だ。民間に準拠するのは しょうがない。この異常事態は昨年から続いているのに何の議論もせず、ただマスコミ対策で地方議会に 無理を強いるのは地方分権などという考え方からほど遠い。給付金の時もそうだが、今回の0.2ヶ月減じるやり方 など地方自治を無視したやり方だ。
  栄町は川崎町長になって、「財政健全化計画」を実施している。今は第2次の計画が進行中だ。 地域手当を無くし、昇給ストップし、今では千葉県の中の職員の中でも下から3番目に低い 給与となっている。他市町村に比して給与削減を実施している栄町にさらに人事院勧告が出てきた。しかもたった 2時間の話し合いで決めてしまうなんて、これでよいのかこの議案?????? 賛成10、反対5で可決した。

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2009.06.01(月)曇

ブログ市長の鹿児島県阿久根市長の選挙

 以前から注目していた選挙の結果が出た。市長が議会から全会一致で辞職決議を迫られ辞職。出直し選挙で 見事に再選されたのは快挙だ。
 それにしても議会が正常に機能しないのは市民にとって良いことではない。それを改革の犠牲と位置づけるならば、 それもよし。その自治体の市民が良し悪しの決定はするからだ。
 首長と議会が対立した場合、それは市民に負担をかけることになるからだ。予算、国や県の補正予算 要望など決めることが決まらねば、不利益をこうむるのは市民だ。とは言うものの、おかしな決め方では未来に責任 をとることができない。改革も大切だが、議会改革は議会人がやらねばならない。市長が陣頭指揮には立って議会改革 などはしてはいけない。議会は議会が改革すべきと思っている。市長は行政内部を改革すべきである。 また、市長がブログで名指しで議員をやめさせたいなどと言うのは言語道断。
三権分立の精神からすると、行政(市長が率いる役所側)と立法(議会側)が互いに主張しあって、市民のために奉仕を することだと思っている。しかし一度もめると、それを裁く司法という役目が自治体には存在しない。どちらが正しいか 民意を選挙で問わねばならない。法的におかしいことは裁判で決着すればよい。しかし裁判も地方議会の内部的なことに 口をださないようになっている。
 政治家は市長と議員の数だけいるが、政治家を辞めさせるのは選挙もしくは議会での決議である。その決議でも違法性 は知事に問うことができる道はある。
 議員が議場で議員を辞めさせることを決議することもおかしいことだ。
 栄町でも今から2年前まで、あるグループが何かというと議員辞職勧告を出して遊んでいた時期があった。 すぐに数の力で他の議員にプレッシャーを加えていた。 私は議員辞職勧告こそ出されなかったが、その時の議会は不毛 な議論が議場で大手を振って闊歩していた。
そういえば、この6月定例議会で、ある議員の質問があまりにも失礼なものに感じたので、思わずもらした「そんな失礼な ことを言ううなよ」という私の議場での不規則発言が、言われた議員の勘に触ったのか、議員控え室で問い詰められ 「あんた議員バッヂはずせ」と怒鳴られた。  議員を「あんた」と呼んだり、「バッヂをはずせ」などという通常の世の中では失礼にあたる言葉を平気で言うくらい だから、人としてのルールを守れというのが間違いだった。カルシュウム摂取が不足すると人はイライラするという。 きっとカルシウム不足から出た暴言だろうと気の毒に思い、私は議員控え室から逃げ出した。 まともに相手などできない議場外の議論にからは逃げるということにしている。「君子危うきに近寄らず」

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2009.05.13(水)晴

与野党交代可能な国会への道

 民主党党首の小沢さんが党首の座を辞任する。理由は自分がそこに居座ると政権交代ができないとの判断を下 したとのこと。私はぎりぎりまで粘って、検察との戦いを党首としてどのようにしていくのか見たかった。今の政治家の 中ではモンスターと言える位強い影響力を小沢さんは持っている。西松建設の献金問題で秘書が逮捕された時は小沢さん ももうお仕舞いと思ったが、逮捕理由を見ると、目には見えない権力者が権力を行使して政局を作り上げたとしか思えな い秘書逮捕劇のような気がした。
私は小沢さんは今の法律に沿って最大限政治資金を集めたと思っている。例えその法律が悪くても、 現存する法の盲点を知り尽くして資金集めをしたと思っている。自民党が作った法である。
人間の作るものに完全というものはない。政治は人の作るものでやはり完全な政治はありえない。そこで必要なことは いつでも交代できる政治社会を作りあげねばならない。政治家も有権者も政治社会を作り上げる責任をもっている。 そういう意味では選挙がまずは政治家を育てる最初の入り口である。政治社会は有権者が作るもので、政治家は有権者の 作り上げた理念の上に具体的な社会を形成していかねばならない。 でも有権者がいつまでも政治家の作り上げた紙の家の中にいるかぎり、新しい政治社会は産まれない。政治社会は有権者 の政治意識から産まれる。政治の最終責任は有権者である。だから有権者の質以上の政治は行われないである。

 

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栄町議会議員:野田泰博 yas-noda2@plum.plala.or.jp TEL/FAX 0476-95-3665

 

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