今日の一言

2005.11.1〜11.6

過去の一言

2.2005.10.24〜30

  • 10.30 中核都市
  • 10.26 憲法9条
  • 10.25 消費税

1.2005.10.17〜23

  • 10.23 合併
  • 10.20 議員は評論家ではない
  • 10.18 心の問題
  • (8) 2005.11.3(木曜日):【火垂るの墓】・・・・昨日テレビ番組を見た。本音は見るのが怖かった。既にマンガで何度か見たので筋書きは知っている。何度見ても怖い筋書きだ。この内容は日本国憲法の生存権を題材にしていると思う。 

     戦争で死んで行った父親達、主人公の13才の清太、3才の節子の死んだ母親、そしてその13才と3才の生き方、それを取り巻く親戚の母子達。すべてが生存権を否定された生き方に必死に抵抗している姿を描いている。清太が最後の金を持って、以前、盗みに入った家に米と卵を買いに行ったが、店の亭主から盗人に売る品物なんかないと言われ、なおかつ必死に米と卵を買おうとする姿に、妻と二人で涙していた。物語とはいえ、何に怒って良いのか、本当に悔しかった。私は清太にあと少し生きて欲しい、生存権を認める憲法が出来るんだよと心の中で叫んでいた。例え物語りと知ってはいても。

     二人は死んだ。生存権すら否定されて。今の憲法9条は生存権を意味している。戦争放棄は生存権のことなのだ。生存権を否定して平和などありえない。生存権は自国民だけでなく人類すべての生存権のことなのだ。

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  • (8) 2005.11.2(水曜日):【個人の心情と信条の差】・・・・昨日法務大臣になった杉浦正健氏が死刑執行にはサインしないと吐露した。一時間後「個人の心情」だったと前言を撤回した。

     心情とは心の思いと広辞苑にはある。

     信条とはかたく信ずる事柄。ラテン語でcredoという。つまりキリスト教で、中心的な信仰告白の表現。教義を簡潔に要約したもの、と広辞苑にはある。

     小泉さんは靖国参拝を個人の信条と言った。「憲法に思想信条の自由ってあるでしょう」と説明していたから靖国神社参拝はこの「信条」であるにちがいない。杉浦大臣は個人の心情を撤回しなければならない理由は何か。法務大臣を引き受ける時、自分の心情を小泉首相に了解してもらっているはずだ。また小泉首相も杉浦大臣の心情を知った上で法務大臣を任せたに違いない。それを大臣に任命、報命した直後に自分の仕事を心情によって放棄するような発言をするなんておかしい。またそれを一時間後に撤回するなんて国民をなめている。個人の心情を大切にしない人が法務大臣になったことが恐ろしい。個人の心情を撤回しないと断罪する法律を作るのだろうか。でも個人の信条ならば許されるのだろうか。個人の信条を守る総理大臣と個人の心情を軽く扱う法務大臣。おかしな総理の元に軽い大臣がまたひとり誕生した。

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  • (7) 2005.11.1(火曜日):【靖国神社参拝容認人事】・・・・・・・・・選挙に圧勝した小泉さんは余裕しゃくしゃくの第3次小泉改造内閣を発足させた。小泉さんの靖国参拝に異論を唱えた人は内閣には入れなかった。福田さんがその代表みたいなものだ。あんなに小泉さんをかばった人が入閣できなかったのだ。唯一例外なのは国土交通の北側一雄(公明党)大臣だ。公明党ならば当然の事ながら靖国神社参拝には宗教的信義の面からも反対する。従って、小泉さんは公明党を除いて、自民党の中において「靖国神社参拝容認人事」を断行した。

     以前、私達の町内会のお祭りを自治会で企画した際、創価学会の方が、神社に奉納する神輿を出したら困ると意見を出した。それを聞いて私達役員達は頭をひねり、なんとか皆が気持ちよく参加出来る祭りにしようと、神社に奉納する神輿を諦め、夜に担ぐ万灯神輿作りに切り替えた。我々一般庶民だって、皆が気持ちよく参加しやすいように、また夏祭りの宗教的行事を気にしながら町づくりをしているのだ。日本の総理大臣の小泉さんは我々よりもっと宗教行事を気にしている韓国や中国に配慮を払う必要があるのではないか。まあ我々は小泉さんよりもっと気づかいができる人種と考えれば良い事だ。御意見はこちらへ →  yas-noda2@plum.plala.or.jp