2001年6月17日(日)更新

 栄町見聞録第77号

六月定例議会開催六月六日〜十五日議会に国旗と町旗が掲揚された

報告1 町道の構造が原因の事故による和解 3月議会で終わったと思ったらまたまた事故による和解が報告された。補償は34,107円。

報告2 継続費繰越 昨年の予算(総合計画策定委託費)が今年度に回された。約473万円

報告3繰越明許費繰越 下水道事業費ポンプ改造工事約4295万円

議案1税条例一部改正 3月の国会決議を受けて税条例改正。どうしても末端自治体の変更はこの時期になる。阪神淡路大震災を踏まえた個人住民税、固定資産・都市計画税、土地保有税変更。また株式売買に伴う町民税の課税特例等。(野田賛成)(賛成多数)

議案2税条例改正に伴う都市計画税改正(全員賛成)

議案3税条例改正に伴う国民健康保険税改正(全員賛成)

議案4栄固定資産評価審査委員選任 栄町脇川65 鈴木勉氏(全員賛成)

議案5栄町教育委員任命 栄町長門谷116 塩田邦雄氏(全員賛成)

議案6栄町教育委員任命 竜角寺台4-40-11小松省三氏(全員賛成)

議案7栄町名誉町民推薦 町長より推薦があった。北辺田209-3 藤江恭氏(野田賛成)(賛成多数)

発議案1食品の安全性確保の強化を求める意見書発議者 染谷茂樹議員他2名(全員賛成)

一般質問(敬称略) 1岡田、2熊谷、3松島、4桜井、5高萩、6野田

(野田の一般質問内容)

@基本計画の計画人口はいかに、その時の税収はいかに

A町長が最初に取り組んだ効率的行政執行の成果は

B成田空港関連都市としての栄町の位置づけ

C市町村合併に関して

D高速インターネット敷設計画

議会だよりは中立、中庸ではない。金島議員は議会だより編集委員を辞任

 金島議員は四月十五日にドラムの手帳に掲載された議会だよりは中立・中庸でないので、編集方針が違うため議会だより編集委員を辞任した。この議会だよりは馬場議会事務局長が下書きし、ほぼそのまま町民に配布された。金島議員はこのような議会だより出版に反対していた。内容は共産党議員や私の栄町見聞録のコンパニオンの話は真実でないので、真の議会報告を行うというものだった。その実、中身は共産党議員と私への攻撃のみ。金島議員は日本の情報産業のトップ企業にいた方。編集委員長は多数決で決めた議会だよりは問題ないとした。真実や信念は多数決で決めるものでない。議会だより編集委員は松島(委員長)、山本、染谷、藤村、熊谷各議員

 議会終了後、議員控え室で金島議員の辞意を皆に伝えて欲しいとの議会事務局長の願いで、彼の口から辞意が述べられた。それは前述した4月15日の議会だよりが辞意の直接原因になったとのこと。それに対し、編集方針が違うから辞めるなどとは無責任だ。大人げない。議会だより運営委員会は常に民主的で多数決で決しているから問題ないと委員長が発言。辞意は様々な意見の後、全員が承諾した。その後、では規則で金島議員の所属する教育民生常任委員会から代わりを選んで欲しいという話になった時、私は「冗談じゃない、その前(新たに選出する)に議会だより編集委員長の責任はどうするのだ」と発言。委員長は「私が悪いというのか」と言うので、「そうだ、貴方が悪い」と答えた。私は「多数決で何でも決まったら従えと言うのは間違っている。信念までも多数決で決められると思うな」と発言。一人の議員は「なに〜」と言ってめをつり上げ席を立ち上がった。

 私は座ったまま、「何で席立つの、何で立つの」と言う。その人は「よく聞こえるよう言ってやろうと思ってね」と言って、なだめに入った議員に座らされた。私はおかしな光景だなと思って見ていた。一度新橋のガード下で見たような光景だった。そして、その場ではどうするか決まらず、次号は残された委員で進めることになった。

国旗が議場で掲揚された経緯

 6月定例議会の冒頭、篠崎議長の諸般の報告の中に「国旗が寄贈されたので準備が出来次第掲揚することが議会運営委員会で決定しました」とあった。説明不足と感じ、諸般の報告は議会中には質疑を受け付けないので、議会終了後に議長に説明を求めた。

(説明) 「栄町の祝祭日に国旗を掲揚する会」から国旗が寄贈された。従って議場に掲げることを議会運営委員会で決めた。

(私の質問) 国旗を議場に掲げることは反対ではない。しかし、そんな大切なこと(議会での国旗掲揚)を何故議員全員に諮らないのか。

(私の主張) 国旗は議会に寄贈された。議員全員で話すべき。今まで座席の変更やマイクの変更など議場内の変更は議員全員で話し合ってきた。これでは国旗掲揚は座席変更の話し合い以下の扱いだ。議員は寄附の扱いを論議する前に、議場での国旗掲揚に関して論を尽くすべき。そしてその結論が国旗掲揚ならば、議会で国旗を購入すべきと私は主張した。

(その他の意見) 国旗掲揚は当たり前。国旗国歌法があるので議場に国旗があって何が悪い。議運で決めれば話し合う必要ない。国旗なんて勝手にはればよい。栄町はひん曲がっている。

(篠崎議長、山本副議長、松島議運委員長の答え) 議場の変更は議運で決定すれば良い。決定したことを皆に諮る必要はない。

(私の意見・感想)私は子供の時からどこの国の国旗でも大切にしなければならないと教わってきた。東京オリンピックの時(高2の時)国旗掲揚の奉仕をするために、最年少で選抜され、大学生や社会人と共に練馬の陸上自衛隊学校で3日間、国旗への様々な対応の訓練を受けた。その後、公式の行事での国旗掲揚指導者として神経を使うようにしてきた。

 篠崎議長や多くの議員は議運の判断(国旗は寄贈されたから議運が掲揚を決めた)でよしとした。寄贈はありがたいことだが、議会での国旗掲揚に関して、その意味や議会内外に与える影響、町民への説明を議会はまず議論すべきと私は考える。何度でも言うが、国旗は議運に寄贈されたのではなく議会に寄贈されたのだから議員全員で話すのが筋。中には国旗なんて勝手にはればよいという議員もいた。まさに国旗掲揚という形式だけにとらわれているようであった。

 議会終了後、調べるといろいろなことが解った。今年の四月二十九日布鎌で祝祭日に国旗を掲げる会が発足した。その会に篠崎議長以下議員が大勢集まったと、この会の発起人のひとり(議会議員でない)が教えてくれた。驚いたことにその人は会が議会に国旗を寄贈した事を全く知らなかった。町長や教育長はこの会への招待状を貰ったが欠席。議長の説明の際に、祝祭日に国旗を掲揚する会について質問したが誰もこの会に出席したとも、この会がどのような会なのか、答えなかった。また出席したことも隠さねばならない会だったのか。自分たちが出席していた会が、議会に国旗を寄贈したのに知らん顔し、国旗掲揚だけを押し進めた行為は、国旗を寄贈してくれた方にすまないと思わないのか。国旗は正々堂々と掲揚して意味があるもの。

 議長が突然栄町はひん曲がっていると言って説明会を終了したが、会に出たことを黙っているやり方こそひん曲がっている。

 国旗掲揚は当たり前というならば、尚更、国旗掲揚の意味を議員全員で論じるのが筋。国旗はこそこそ掲揚すべきものではない。かようにして栄町の議場の国旗は姑息な議運の象徴と化した。かえすがえす残念に思う。昨年末のコンパニオンの問題も、こそこそ国旗も、根は同根。姑息。

千葉県の中でも印旛地区十一市町村がターゲット・八月採択

扶桑社の歴史教科書が採択される可能性あり

 

 

 

 

この一年間の栄町議会に於ける教科書問題いよいよ最終章に突入

 日本全国の各地区の教育委員会の教科書採択作業開始にあわせて、今までのルールを無視して、扶桑社は採択検討中の教科書の販売に踏み切った。これで各地の教育委員会に圧力をかけようという算段。この歴史教科書は昨年頃から、日本人の誇りを取り戻すような歴史教育をせよとして、右翼政治家が採用運動をしている右傾化本。

 栄町においては、9年間も教育委員会委員長を務め、栄町に公正な教育をもたらす努力をした方の方針(今までの教科書の採択方針)に疑義を唱え、教科書採択に関する請願の請願紹介議員になって熱心な活動をし始めた議員が出た。他でもないその教育委員会委員長の息子の松島一夫栄町議会運営委員長であった。息子が公式の場で、見方によっては親の9年間を否定するほど、せっぱつまった教育改革が必要なのかと緊張したが、その中身は第二次世界大戦後の東京裁判を否定し、南京大虐殺は東京裁判のでっちあげとし、私から見たら、史実をねじ曲げた歴史を是とする内容だった。父が教育委員会委員長があっても、町民の請願に賛同するなら紹介議員になる、公私混同しないと公言するくらいの重たい内容のテーマ・教科書採択問題であったが、文部科学省で検定合格になり、いよいよ最終章の各地区の採択問題に移ってきた。

【この歴史教科書を見て】

 まずは自画自讃的な説明から始まる。普通、写真や美術写真は鑑賞させるだけでよい。その解説に自己満足的讃美などいらない。「世界でも比類ない美しさだ」なんて、感覚押しつけ教科書に背筋が凍り付いた。

【教育勅諭】

 父母へは孝、国には忠との教えだが、自分を捨てて自分より地位の高い者には従えという教えは、命令者が間違っても、服従者には責任はないということに繋がる。日本は終戦後、その責任を一部の軍人にすべておわせて、多くの人はその責任から逃れた。これが上の者へ盲従を説いた教育勅諭のなれの果てだ

った。教育勅諭の下欄には「憲法を称賛した内外の声」と称して大日本帝国憲法の讃美の声を掲載。

【大東亜戦争(太平洋戦争)】

 当時使っていた聖戦用語が前面に出てきた。 日中戦争から第二次大戦敗戦までの軍部の勝手な行動は控え目に記述。アジア諸国解放の聖戦的な印象を与えようとしている記述ばかり。まるで戦争讃美の物語だ。

都内は今、田舎根性丸出し議員の秘蔵写真のオンパレード

 都議選を前にして、都内の至るところに小泉首相と地元議員のツーショット写真が飾られている。どの写真も背景は同じ。小泉さんのネクタイの色も柄も同じ。政治政党の資金集めパーティーに出た経験のある人ならば知っているが、会費はおおよそ3万円。そして地方から上京してきたお上り議員さんが有名国会議員の隣で「ハイ背広のボタンを締めて、いきますよ、ハイチーズ」。同じ笑顔、両手で握手、その間わずか二十秒。3万円出せば誰でもOK。かくしてその写真は地元議員の秘蔵写真として、有権者の前に登場。でも何も知らない人を驚かせるには十分。へーこんな人と知り合いなのと言って驚く。

 今、東京はどこもかしこも小泉さんとのツーショット展示会。田舎議員根性丸出し大写真展示会。おまけに言葉も盗用。「変革、変革」の大バーゲン市。そのうちフォーエバーなんて歌い出す。

【映画3題】ホタル、親分はイエス様、ムルディカ

 ホタルは「知覧の特攻基地から飛び立った若者が、故障で帰還し、当時日本に留学していた韓国青年が特攻で死に、彼の文字に出来なかった遺言を戦後五十年たってから韓国に伝えに行く」という話。当時、日本に留学していた韓国の学生の悲痛な叫びは、死に直面しても、本音を語ることは出来なかった。 

 「天皇陛下の為に死ぬのではない、恋人と誇り高い朝鮮民族のために死ぬ」という本音は、検閲にあえば、消されるので何も語ろうとしなかった。しかし、同僚の若い日本の特攻(生き残った)に最後は伝言でその思いを伝えるのであった。涙。

 この場面ではっとした。そういえば、この映画は私たち戦後生まれの団塊の世代がでてこない。出てくるのは高倉健扮する特攻の生き残りで、既に七十才以上の年代とその孫だ。この監督の言いたいのは、自分が言いたくても言えない言葉、権力で消されてしまう言葉があった時代のことを、伝承でもいいから伝えなさいと言っているように感じた。戦後生まれの世代よ何している。こんな時代に逆行させてくれるなよ。特攻で死んでいった若者がそう言っているようだ。

 「親分はイエス様」は日本のやくざが殺し合いの抗争の果て、ふと韓国人の妻の言葉で、自分を取り戻して行く様を描いたもの。心からの叫びを抑制して、形だけの世界で生きることがいかに自分を抑圧するかを見事に表現した映画だ。宗教映画として見るのではなく、形だけの世界のむなしさを知るべきだ。形だけの日の丸、形だけのやくざの入れ墨、形だけの突っ張り。皆むなしいではありませんか。

 ムルディカはインドネシアで日本の青年将校がたどった道を描いている。アジア解放の為、インドネシアで終戦後も戦ったというが、日本の戦陣訓からすると矛盾だらけ。死ぬことも出来ず、捕虜にもなれず、日本にも帰れず、やむなくゲリラになった敗残兵を、美化している。結局、日本の大東亜共栄圏は、日本が欧米の利権を奪おうとしただけだ。アジアでは、まだまだ日本の被害が償われていないところがある。

 

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