選挙後特集 私の周りで起きていたこと

とりあえず大野真新町長と藤江体制の包囲網突破

私の見方

●大野氏は実力で町長になったわけではない。

 

 今回の町長選挙は同じ会派から二人が出て争う形が町民に理解を得られず、またそこに遅れて共産党が参入したが何ら町民の目を引く政策がなかった。

 選挙は政策論争があってしかるべきだが、論争らしいものはなかった。むしろ戦術的な動きが非常に目に留まった。

 後継者を立てないと、マスコミを通じて信じこませて、その実は大野氏を初めから擁立しようとしていた戦術はものの見事に功を奏した。 藤江元町長の選挙戦術が完勝したと言っても、過言ではない。しかし、その裏では人間関係がずたずたに切り裂かれた人たちがいた。

●藤江町政に反対者が六割以上。総有権者の26%で町長になった

 大野氏は藤江元町長の後押しで町長になった。大野氏は実力を評価されて町長に当選したわけではない。藤江元町長がマスコミをだますようなこと(自分は後継者を作らないと新聞発表までして大野氏を応援したお陰だ。)

また他の3候補者は明確に町政の反対論を述べることができなかった。川崎氏は選挙戦突入直前に緑風会を離脱するも、時すでに遅しでプラスにはならなかった。

 戸田氏は正月頃から出る出ないの噂が乱れ飛び、結局選挙戦直前に名乗りをあげたが、共産党から無所属での立候補に住民はとまどっただけに終わった。

 中嶋氏は特異な戦術を用いて、栄町を一日六十キロ自転車で走ったそうだが、有効得票数の一割にいかなかったので供託金の五十万円は没収。私は公示の前に中嶋氏の町長選への出馬は他の反藤江町政の候補者のための足を引っ張ることになるから止めたほうがよいと忠告していた。かくの如く選挙は始まりそして終わった。

 町議選挙では私の属する安食台2丁目自治会から4名出馬。

 「こんな議員はいらない」と私のことをチラシに書き、配布した候補者がいた。この候補者は議会を毎回傍聴し、議会だよりの傍聴体験記に毎回投稿。いつも私の批判を繰り返していた。戸田議会だより編集委員長には、毎回同じような個人への批判を取り上げるのは公平性に欠くと私は抗議していた。

 また現職議員で、大野氏の選挙参謀を務めた新谷氏(安食台156丁目自治会所属)は、安食台二丁目の政治に興味ある方を自分の地盤を譲るとして、選挙に立たせた。しかし、立たせただけで自分の地盤では他の候補者を紹介。一般人をあおって候補者に仕立てたならば最後まで面倒をみるべき。

 結局、新谷氏は初めは私と同じ自治会所属の方をあおって立たせて、裏では後藤氏を連れて回ったりした後、大野氏と共に今度は、松島議員を自分の自治会の方へ紹介する離れ業を演じた。後藤氏は今までの親交を踏みにじられ、激怒したのは理解できる。選挙とはいえすさまじい。

 また私と同じ自治会の現職会長(前回の町長選で藤江元町長のビラ配りをして、町長派として出馬)も再度出馬したが、落選。

 誰が出馬してもかまわない。しかし私と同じ自治会の他の3名の候補者は本人が知る、知らぬにせよ現状を継承する新町長の推薦者かその流れを組む人たちと関係がある人ばかり。私と反対の立場を選択する人を増やそうという藤江元町長と大野新町長の参謀・新谷氏らの策謀をとりあえず粉砕出来たと思っている。

町長選、町議選の結果

2000年議会議員選挙奮闘記

選挙戦術への公約

1、電話ストップ作戦

  守りました。一度も電話で依頼はしませんでした。

2、早朝駅前握手ストップ作戦

  守りました。朝はNHKの「あすか」が終わってから選挙活動に入りました。

3、連呼ストップ作戦

  守りました。一度も連呼はしませんでした。

4、過剰宣伝ストップ作戦

  守ったつもり。「議員は皆さんの声を形にする。私に任せて下さい」と大見得を切りました。

5、しがらみストップ作戦

  守りました。人をしがらみの中に巻き込みたくないので後援会を作らないとしましたが、多くの皆さんから、後援会を作ってほしいと要望がありました。これは見直さねばなりません。

6、連呼なし、街頭演説400回目標大作戦

 連呼はしなかったですが、演説は380回でした。最後はふらふらでしたが、友人に支えられて土曜日の午後8時ちょうどに演説を家の前で行い、380回を達成しました。声がそんなに潰れなかったのにはびっくりしました。

7、選挙事務所なし大作戦

  自宅には留守番も置かず、妻と友人と共に、朝8時半出発し、 夜8時まで帰宅せずに演説し回っていたので、自宅を訪問してくれた方には失礼しました。

反省点

1、選挙事務所は持つべき

 今回は公明党も出るので、今まで友人だった創価学会の方の応援は無理だと思っていました。だから白紙になって選挙に臨みました。私の支持者が選挙事務所を訪ねてみたかったとのこと。本当にごめんなさい。

2、380回の演説をしたが、やはり聞いていなかった人が大勢いました。何らかの方法を考えなくてはいけないと思います。

3、駅前で早朝の握手は必要ないが、これが私ですと顔を見せて欲しいとのリクエストがありました。

4、後援会をあえて作らないと事前に宣言したが、他の候補者から後援会の勧誘を受けたときに、私は野田泰博の後援会ですと言いたかった人が大勢いた。あまりご迷惑はかけたくありませんが、ある程度は皆さんに支えられるような選挙をすべきと思いました。

支持してくれた皆様へ

 今後は必ずや議会において栄町を更によくするように努力していきます。ご期待に添うよう頑張りますので、今までのご無礼非礼は平にご容赦のほどお願い申し上げます。特に寒い中、外に出て演説を聞いて下さり本当にありがとうございました。 

演説を聞きそこねた皆様へ

演説マラソンの一例紹介

 栄町はこの約十二年間、5万人構想に基づく計画で、巨大役場を21億円かけて作り、1088席ある大劇場付きふれプラを五十五億円、水と緑の運動公園7億円、仕上げは5万人体制の消防庁舎に8億円をかけて5万人体制の町づくりの準備してきた。また5万人になったときに必要な学校も充実させてきた。そのすべての総額は120億円にも達する。栄町の借金総高はちょうど、5万人構想で使った金額と同じだ。

 大きな箱ものを5万人構想のもとに作るだけ作った後、一片の反省もなく、5万人構想を変更するのはどうしても納得いかない。

 この8年間、私は議会議員になって以来ずうと、5万人構想は5万人になる根拠がなく見直すべきと言い続けてきた。もしも少しでも反省するならば、せめて役場は今の5分の3だけ使って、あとの5分の2は町民のための施設にすべきだ。例えば眼科や産婦人科を誘致するとかして今までの反省をすべきだ。

 5万人構想が頓挫したのは世の中のバブル経済が破綻したからだと、世の中の動向のせいにしている。バブル経済などはすでに十年前に破綻している。政治家ならば、十年も前の世の中の動向のせいにしてはいけない。世の中の動向を見て政策を決めるのが政治家だ。

 私は議会議員として、辛口だが良いことは良い、悪いことは悪いとして言い続ける。これからの栄町は住民の意見をもっと汲み上げるシステムを導入すべきだ。インターネットなどは真っ先に導入すべきだ。

やっぱり送付された怪文書

過去8年間町長選になると藤江町長を批判する者に怪文書が出されていた。今回も出てくると予測してたが、案の定、予測したとおりに怪文書は出てきた。3/7着

2000年3月7日

ついに出ました怪文書(待ってました)

栄町は本当に怪文書が好きな町だ

 

私の選挙費用

 

以前(66号以前)の栄町見聞録を見る(クリック) 

ホーム頁へ戻る(クリック) 

連絡方法

お電話、Fax又はE-Mailでご連絡下さい。お電話の場合は夜9時以降。その他はいつでも構いません。

yas-noda2@plum.plala.or.jp

TEL/FAX 0476-95-3665