1998年7月9日付にて怪文書が役場に送付されてきました。

怪 文 書 4(1998年7月9日付け)

 国が新しい政治体系の確立にむけて行財政改革を具体化しつつある中、来るべき新時代に向けて、栄町はどのようなことをしなければならないのだろうか。今回は6月の栄町定例議会において発言された議員たちの一般質問の内容を関連させながら、栄町を取り巻く状況を考察してみたい。ある議員によって発せられた「自立都市と町村合併は矛盾する」という発言は、この人物が行政に関する知識をほとんど持ち合わせていない者たちの一人であることを世間に教える結果となった。われわれは、栄町が「活力ある自立都市」を目指していることは知っていたが、「町村合併」も同時に押し進めていたとは知らなかった。市町村合併は、現在、国家が進めている「地方方分権」体制の根幹を成すものであるが、われわれはこの市町村合併には絶対に反対である。いや、この計画に賛同する人々などいるものだろうか。国家が国家として出発するための最低条件は、正確な人口の把握と交通網の完備*1である。現在でも交通網が整備されていない地区を抱える市町村が存在するのに、市町村合併が実施された後に、合併して生まれた大都市間を結ぶ交通網はどのようにして整備するのか。国から、交通網整備の具体的なプラン*2も提示されていないうちから、市町村合併に関して意見を述べることは、非常に危険である。何らの計画提示もないままに市町村合併を進めては、交通の不便な地区は更に「忘れられて」しまうだろう。国の市町村合併を受け入れる前に、わたしたちは国に、国内の交通網を完備する計画を立案させなければならない。

 昨今、議会においてしばしば語られる栄町の経済の活性化についてであるが、今回も某議員(共産党)によって発言された。ところで、現在の目本国の経済は本当に不景気なのだろうか。もっとも銀行預金者や一般投資家には厳しい時ではあるが、冷静に考えてみるとそれ以外はさほど不景気とも感じられない。物価が上がったわけでもなく、商品の数が減ったわけでもない。給科とてちやんと支払われている。だがどうしで不景気なのか。それは国内に、ただ漠然と不景気な雰囲気が漂っているだけなのである。こういう時こそ、人々は金を使わなければならないのだが、悲しいかな、日本人は長く「貯蓄美徳時代」に生きたため、金の使い方を知らない。まるで蓄銭叙位令が、法としての執行力をいまだに維持しているが如きである。国内の景気を回復させるには、まず人々に金を使わせることである。そのためには、決して不況ではないと人々に言わねばならぬ。経済ほど「病は気から」*3という形容がふさわしいものはないだろう。そして栄町の経済にもまったく同様のことが言える。しかし、ものが売れないのは、なにも消費者ばかりの責任ではない。人はよりよい品物を求めている。品物が良質であれば、多少高価でも人は買うのである。「まずい」もの、「粗悪」なものでは、消費者を引きつけることはできない。栄町の商業の活性化は、まず第一に商店主たちが努力することからはじまるのである。今後もこのことについて発言する議員が出てくるだろうが、「特定」の地区のみならず、栄町全体の商業活性化について考え、自らのプランを発表してもらいたいものである。

 さて「ダイオキシン類」問題もかなり一般に定着した感があるが、ここで環境間題について一石を投じたい。ダイオキシン類については、ある共産党議員によって発言されたが、確かに環境間題は非常に重要であり、人類の未来に関わることである。だが、どうして急に最近になって環境問題が注目されはじめたのか。それ.は政府によって、「国内の開発は終わった」と宣言されたからである。人は、常に「環境」より「生活の向上」を選択してきた。その結果生活は豊かになった。環境間題は、人々の今より快適な生活を望む欲求の前に姿を消した。そして人々の欲求が一応満たされた今、陰に追いやられていた環境問題がようやく注目されてきたのであり、その旗頭がダイオキシン類なのであった。しかしこのダイオキシン類は、別な意味でわたしたちにとって非常に「有害」である。なぜなら、ダイオキシン類問題を市町村合併推進に利用しようという感が、国の政策として窺えるからである。最近までの環境対策、とりわけゴミ問題に関しては、徹底したその減量化が推進されてきた。そのためリサイクル運動が盛んになり、各家庭においてもゴミの分別に協力し、いわゆる「つめかえ商品」も定着した。ゴミ減量化は成功するかに見えた。ここに突然現れたのがダイオキシン類である。この奇妙な名前の物質は、燃焼によって発生するという。その発生を抑制するには、800度以上の高温をもって、24時間連続でゴミを燃やし続けねばならないという(それでも完全に発生を阻止することはできないという)。しかもこのような連続運転をするには特殊な焼却設備が必要だということだ。このような馬鹿な話があるものか!なんのためにゴミの減量化に努めてきたというのだ。一体それだけの大量のゴミをどこから調達するのか。とても2,3の市町村だけでは無理である。だが市町村合併によって新たに誕生した大都市なら、あるいは可能かもしれぬ。国は、市町村合併と環境間題とどちらを優先させるのだろうか。人類は火を使用することによってここまで進化してこれたのである。燃焼によって有害物質が発生するならば、人類の歴史はとうの昔に終わっている。・4もし人類を造った「神」がいるのならば、この状況を見てきっとこう言うだろう、「自業自得だ」と。現在流布されている情報に、少し疑問を投げかけることも必要ではなかろうか(国家の政策に難癖をつけるのは、目本共産党の十八番ではないか)。この発言をした議員は言う、「一部事務組合の操業停止を考えているか」と。停止したらゴミをどうやって処分するのか。そこで働いている職員はどうなるのか。少しは考えて発言し給え。浄化槽問題とてまったく同様である。浄化槽設置基数が増えれば、当然処理する生活雑排水の量も増えよう。そうなればこれを処理する施設に負担がかかるだろう。となれば、施設の改善計画も必要となってくる。浄化槽設置の補助金に関する提案を可決したのはよいが、その時ここまで考えて発言していたのだろうか。人々に感銘を与える演説を行うためにも、目々の学習を怠ってはならない。以上、三人の人物の発言を通して現在の栄町の直面している諸状況を見てきたが、いづれも町民の協力なくしては成しえないものばかりである。しかし、今のままでは町民の協力は得られない。町民に、もっと栄町のことを考えるよう啓蒙しなくてはならない。まず、自分さえよければよいという観念を捨てねばならぬ。「誰かがやってくれるだろう」ではなく、自ら進んで行動しなくてはならない。自分たちの住んでいる町である。自分たちでよくしていかなくて一体どうするのか。その先頭に立って町民の模範となってもうらうことを、われわれは随分と議員諸君にお願いしたのだが、諸君らは何か勘違いしていないだろうか。諸君らの仕事は、栄町民への「奉仕」職である。人に評価されるこを期待してはならない。それとも諸君らは、議員という立場を一種の特権階級とでも思っているのだろうか。我が国の憲法はいまだその「後光」を失わないが、「自由」と「平等」は人類の不変の理念であると同時に、きわめて矛盾するものである。もはや自由と平等の時代は終わった。

 これからは「奉仕」と「献身」の時代である。自分の権利を主張するのみで、なんら協力しない人々のなんと多いことか。残念なことに栄町の議員の何人かは、そういった人々め代表である。地方分権時代に向けてこれからの行政には、今以上に町民の協力が必要不可欠となる。われわれは、行政と町民のパイプ役としての議員の活躍を期待していたのである。栄町をより発展させるために、町民・行政・議会が三位一体となることがまず重要となるのである。しかし、このことをいまだに理解できぬ若干の議員のために、栄町の将来は、極めて前途多難であると言わざるを得ない。

まず消防庁舎建設工事の入札に関する発言をした山田真幸氏に間きたい。あなたは、今回の入札には談合があったと指摘しているようだが、これは事実か。この発言のおかげで我が町は、近隣市町付のみならず全国の笑いものとなった(よりによってA新間に掲載されたり。もし談合があったならば許されないことであるが、談合が事実無根であったとしたらもっと許されないことになる。あなたはこの会社から名誉毀損で訴えられるだろう。そして司法官の前にでて自分自身の弁護をしなくてはならない。ここにいたっては、もはや辞職という名誉も与えられないだろう。栄町に住するものは談合などなかったと信じている。しかしそうなると、あなたが破滅することになる。あなたのもとに裁判所からの召喚状が届いたときに、一緒に否決にまわった議員のうち何人があなたのために弁護の論陣を張ってくれるのだろうか。もっとも彼らとて、自分自身を弁護することで手一杯であろうが。今回は手紙を出そうかどうか、われわれのなかでも意見が分かれた。それは今回の議会の内容が、あまりに低次元だったからである。今までは多少なりとも諸君らに敬意を払い、対等の観点から意見を述べてきたつもりであるが、それがまったく無駄であったことを痛感させられた。確かにわれわれは一般質間を行うべきだと言った。しかし、このような低レベルの質問をせよとは言っていない。もう諸君らに手紙を出しても無意味かもしれない。その行動に期待をかけていた議員も若千いたのだが残念である。われわれの会の総意として、これからは栄の町民にわれわれの主張をうったえていくことにする。その第一回目の内容は、「消防庁舎建設工事」についてとした。果たして談合はあったのか。あったとしたら、その情報はどこからもたらされたものなのか。その情報は信ずるに足るのか。仮に談合の情報が真実であるならば、どうして入札が行われる前に問題提起をしなかったのか。われわれ町民は、栄町全体の名誉を汚した者達を絶対に許さない。われわれはこの間題を、徹底的に追求していく所存である。しかしパンフレットを発行するといっても、そのタイミングもまた重要なのであるが、次の「デュシヤーヌ親父」*5が発行されるあたりが狙い目かもしれない。なおこの手紙は、確実に議員諸君の手に届くことを期待するため、「栄町議会」宛とした。

 

平成十年七月九日

栄町の十七人の町会議員の諸君ヘ

栄町の秩序をとりもどす会

 

怪文書氏の説明

*1 旧ソピエト連邦と中華人民共和国を見よ。この国々は人口の把握も交通網の整備もなされていない。重要な都市は存在するが、それらは結ばれていない。総人口もわからない。人口増加抑制のために「間引き」が園家の政策として発動される。わずかな年給に余生を委ねなければならない老人たち。核爆弾開発に異様な執念を燃やした哀れな国家の末路である。なお両国とも「共産主義」国家である。

*2いまや時代は電子通信の時代であるのに、我が国のそれは専ら電信柱に頼らざるを得ない。最早、車や列車で移動する時代は終わりを告げ、電信が他との接触の最も一般的な手段となる。したがって国は、道路の建設よりも電信機器部門にもっと援助する必要があるだろう。

*3ここでわたしたちは、片岡大臣のあの発言を思い起こすことになる。大蔵大臣片岡直温氏の、衆議院予算総会(昭和2年3月14目)の吉植庄一郎議員(政友会)の質間に対する答弁である。この失言によって「渡辺銀行」とその姉妹銀行「あかぢ貯蓄銀行」ほか多くの京浜地区の中小銀行が休業のやむなきにいたった。これは、閣僚の発言がいかに影響大であるかをわたしたちに教えてくれる。したがって現閣僚内に、「今の経済について心配することは何もない。何かあれば必ず国が助ける」と発言してくれる人物がいれぱすぐにでも経済は復活するだろう。景気回復はなにも国家政策によってなされるわけではない。不況をものともしない「大きなこと」が起これぱよいのである。現実論として一つあげれば、現宰相は不況打開の具体政策を打ち出すことがでいないので、「橋本内閣総辞職」は、絶大な効果として期待できる。

*4ダイオキシン類の測定単位であるピコ(10のマイナス12乗)やナノ(10のマイナス9乗)といったものは、4年半前にようやく測定が可能になったという。これは素人考えかもしれぬが、これほどの微量のダイオキシン類が人体にどれほどの影響を及ぼすのだろうか。またダイオキシンは「枯葉剤」と同じ影響力も持つと間くが、一体何を燃やしたらそのような有害な物質が発生するのだろうか。そのような物質の生成抑制のほうを考えたらどうなのだろうか。*5「デュシヤーヌ親父」とは、エベールの発行した機関誌名である。この人物は仏革命においてその活動を知られる人物であるが、その機関誌の内容は、本人同様愚劣を極めた。この点では、ある町会議員とそのパンフレットにそっくりである。

 

 

私のコメント

 今までで一番長い怪文書。怪文書氏の性格がすべてにじみ出ていた。これは一人で書いたもので、幾人もの人と相談したかのように必死に見せている。私を一人抜くことに快感を感じているようだし、また他の議員にも仲間外れになるぞと警告しているのを見ると、この怪文書氏は一人で何かをするのが怖いのだ。可哀想な人だ。一人で何も出来ず、あたかも仲間がいるように見せかけて怪文書を書く。その姿が目に浮かぶようだ。自分の知っていること、知らないことを何かの本から抜き書きして怪文書に仕立てているマニアックな男の姿が見えた。

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