平和憲法の改悪を憂慮する(掲載許可取得済み)

 いま私たちはかつてない強い危機感を覚えています。私たちは全員がアジア・太平洋戦争を体験した世代のものですが、日本はあの戦争で二千万をこえるアジアの隣人の命を奪い、数知れぬ人の心身に癒しがたい傷を負わせました。また三十六年にわたる植民地支配で、朝鮮半島の人々から米、土地、名前、母語、心身の自由、民族の独立と誇り等を奪いました。その償いはまだほとんどなされていません。私たちは日本の犯した過ちを隠したりごまかしたりする卑怯者ではありたくないし、こちらに責任のある他者の痛みを痛まないほど鈍感な人間ではありえません。

 アジア・太平洋戦争はまた三百万余の同胞の命ばかりか、多くの貴いものを私たちからも奪いました。それは、戦闘員同士が智恵と武勇とを競いあった昔の戦争とはまったく異なり、いまや前線と銃後の区別なしに、他人事でなくすべての人、とくに弱者を、無差別に襲い、人間としてのすべてを奪い去ります。軍隊も決して国民を守るものでないことは、戦闘員の三倍に近い非戦闘員(老人、子ども、女性を中心に)の犠牲者を出した沖縄戦の悲惨、そして広島、長崎のそれ、でも明らかです。どうしてあの悲劇を再び繰り返すことが許されましょう。人類は第一次世界大戦の終わり以降、帝国主義を悪とし、不戦を求めての努力を重ねてきており、そのような世界史の流れの中で、戦後日本は、近隣諸国に苦難を与えたことへの悔いと、私たち自身が味わったあの悲惨を二度と繰り返すまいとの誓いをこめて、永久不戦および戦力不保持の憲法を承認しました。ところがいま、政治家たちはその憲法を変えようとしており、自民党はその新憲法草案で第二章の見出し「戦争の放棄」を「安全保障」に替え、「自衛軍を保持する」とうたい、「国際的に協調して行われる活動」に自衛軍を活動させる、と称して、ブッシュ氏の求めに応じ、かれの恐るべき更なる戦争の片棒を担ぐための準備を進めています。そして、あろうことか、極めて危険かつ無法な現在のアメリカ政府に、目先のソロバン勘定から、日本の運命を託そうとする、驚くべき愚かさ。ほんとうにこんなことが認められてよいのでしょうか。

 それだけではありません。私たちはあの戦争中、まず忠君愛国を強いられましたが、それは生命・自由・幸福追求の否定そのものでした。治安維持法がきりもなく拡大解釈されて思想の自由を奪われ、権力への批判と抵抗を封じられました。国民は戦争遂行のための使い捨ての消耗品として扱われ、最後は「一億玉砕」を迫られました。私たちは国家権力の恐ろしさを身をもって味わったのです。その反省から、国民が国家極力を縛る、という、近代国家なみの憲法をやっと手に入れました。ところが、自民党は再びその憲法を変えて、「自由及び権利には責任及び義務が伴う」と、国民の責任と義務を強調し、現行の「公共の福祉に反しない限り」基本的人権が尊重される等の規定は、拡大解釈がなされうる「公益及び公の秩序に反しない限り」と書き替え、「政教分離」の規定にも手をつけ、「軍事裁判所」をも設置しようとする。

 そして憲法前文に、「愛国」の明記は避けたものの(かつて私たちは「愛国」なる美名をつかって国家権力への盲従を強いられました)、国を「愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務」と、国民の国を守る責務を記載しました。さらに、人間の自己形成を第一目標とする教育基本法を変えて喜んでお国のために死ぬ国民を作ろうとし、かつての忠君愛国の強要と全く同じものである「日の丸・君が代の強制」はすでに強行されていますが、治安維持法なる昔の悪法を思わせる「共謀罪」の新設、市民生活の監視と取り締まりの強化、弱者へのしわよせを当然のこととするさまざまな施策等々が進められています。

 私たちは、人種・民族・宗教・障害の有無・年齢・性別その他あらゆる違いをこえて、すべての人がそれぞれに掛け替えのない人生を生きており、その奪うべからざる尊さを何よりも重んじなければならない、と考えています。しかしいまその人間の尊厳がまたもや脅かされ軽視されているのではないでしょうか。戦時中、人間の専厳は全く揉欄されました。あの暗黒の歴史を絶対に繰り返さないために、あの時のように手遅れになってしまわないうちに、まだ声を出せるあいだに、とくに、自分の手で自分を守る力のない弱者の側に立って、「人間の尊厳を何よりも重んじよう!」と訴えずにはいられません。とりわけ、「人間を完全に陵辱し抹殺する戦争への道には絶対に進んではならない!」と叫ばないではいられません。

2005年12月19日

平和憲法の改悪を憂慮する明治学院大学名誉教授有志

青木博 天沢退二郎 飯島啓二 宇波彰 榎本英雄 老川寛 大石嘉一郎 尾形健 加藤雄司 金井信一郎 加山久夫(事務局) 粂川光樹 斉藤規夫 斎藤宏 坂柳豊秋 作間忠雄 清水徹 須藤哲生 竹内真一 田部昇 都留信夫 新倉俊一 野口明子 濱野一郎 広瀬善男 福田歓− 松島恵 森井眞(代表) 吉澤慶一

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2006.1.25(水曜日):【ならぬことはならぬものです=憲法改正はおかしい】

 政府与党の憲法改正案はその動機も内容もどうしても納得できなかった。生理的に受け付けなかった。多分それは母やその親類が長崎で原爆に出会い、それを何度となく母から聞かされていたせいではないかと思う。戦争はしてはいけないと何度も言っていた。亡くなった父から、その昔私がまだ中学生の頃、ボルネオでオランダ兵に捕虜になった時にどのように生き延びたかしょっちゅう聞かされた。今の私の頭には、戦争は人間を人間でなくすという言葉だけが残っている。また勝新太郎主演の「兵隊やくざ」のモデルになった人からの話(ビルマ戦線白骨街道の話)を聞いたが(話したくなさそうだったが、小生がせがんで聞いてしまった)、戦争はどんなことをしても避けねばならない事態であると私は認識している。現実に即した状況を優先すると戦争に巻き込まれる可能性が出てくる。戦争を意識する人はすぐに周辺諸国からの脅威論を言うが、どんな脅威も戦争で解決させてはいけない。そこには理屈は必要ない。ダメなことはダメとしか言いようがない。おかしなことを正当化する論法はごまんとある。そう言えば会津藩の日新館に「什の掟」の最後は「ならぬことはならぬものです」という言葉があった。