野田泰博はサラリーマン兼栄町議会議員

 小生はサラリーマンのままで栄町の議会議員になってしまいました。平成4年4月のことです。

 

野田泰博の議員としての戦い

   since1992.4        改訂:平成12年5月18日

平成4年の選挙結果

サラリーマンの代表として立候補

平成4年4月

議会報告栄町見聞録を始めた理由

議会での議員の態度は誰も知らない

平成4年5月

平成8年4月の選挙結果

獲得票の伸び率が一位であった

平成8年4月

平成8年12月の情報公開条例発議

全国でも珍しい議員発議の条例

平成8年12月

平成9年1月の補欠選挙結果

平成8年衆議院議員選挙で5名の議員が辞任のため補欠選挙実施

平成9年1月

平成9年1月の選挙広報条例発議

町村では珍しい選挙公報条例発議

平成9年1月

情報公開制度への建議に異議あり

あまりにも行政に配慮した建議

平成10年5月

平成12年3月選挙結果

3期目の選挙で2位当選

平成12年3月

選挙のやり方

今までに行った金をかけない選挙

平成12年3月

平成12年3月議員選挙で2位当選

8年前で当選順位は18人中15番目451票、4年前は6番目745票、そして今回の2番目1085票

支援してくれた皆様に感謝いたします。

連呼なしの演説マラソンは5日間でで380回となりました。

公明党候補者に続く2番目の得票となりました。

 

 誰も予想しない当選順位だった。今回の選挙は私の包囲網ができあがっていた中での戦いだった。私が住む地区の自治会から私を含めて4名もの立候補者が出馬した。一人は私の5軒向こうの人で、新町長への推薦者として名乗りを上げて出馬。一人は4年前に、当時の町長支援者(町長のビラ配り、町長選での積極的応援者)として出馬した人。一人は常にアンチ野田として行動してきた隣の自治会から出馬して議員を一期務めた方から推薦を受けるとして出馬してきた方。それに私の、計4名の出馬であった。一つの自治会(450世帯)から4名もの議員候補者を出した地区は今までかつて無かった。

 また同じ地区の少年野球の監督、それに公明党(創価学会)推薦の方など、大量得票をされる方が目白押しに出馬。そのような事情の中、多分前回よりも得票は出来ないと覚悟を決めてこの選挙に臨みました。結果は前回よりも約300票以上上回る票、1085票を得票して、公明党公認候補者の次で当選しました。

 選挙に当たっては、徹底的に省力化した選挙を展開。連呼、駅前握手、戸別訪問など一切せず、5日間で400回の街頭演説マラソンに挑戦。380回を達成しました。また後援会など新たに組織せず、選挙事務所も持たず。朝8時30分から夜8時まで、弁当持参で演説を繰り返しました。用意した演説原稿約100。演説地域は全町。一回の演説は5分から10分。必ず車の外に出て演説。車で移動中は全くスピーカーを使用しませんでした。応援者は妻5日間、息子1日、後援会長が計3日間、仲間3名計4日間。と、延べ協力者は5日間で13名。私は選挙という場でいくら親友であっても、巻き込んで‘迷惑’をかけたくないという気持ちでありました。しかし栄町の親友達は心より応援してくれて駆けつけてくれたことには本当に頭が下がる思いでした。

 選挙は人間の感情を形容するすべての言葉を体言出来るものです。きれい、きたない、美しい、醜い、恥ずかしい、格好いい、うるさい、気持ちよい、正しい、悪い、寂しい、嬉しい、悲しい、明るい、暗いなどなどの言葉です。選挙は人を変えます。本心を明らかにします。今までの人間のつきあいでは見えない部分を見えるようにします。また反対に今までの関係を悪化させることもあります。選挙に出る者はそれらの全てを体現するので、精神的にタフでなければなりません。また反対に精神的にはドンカンな方でなければ務まりません。

 今までの8年間を総括すると、一期目は18人中15番目。二期目は6番目、三期目は2番目となり、票は451票、745票、1085票というように確実に上がってきた。私がやってきた議会活動が皆様に理解されてきたと思うと非常に励みになった結果であった。これからも栄町町民のために努力していこうと心新たにした選挙でした。応援してくれた皆様ありがとうございました。

追伸:結局同じ自治会区域から出た他の候補者3名は落選してしまいました。

 

平成10年5月栄町の情報公開制度への建議に異議あり

 今年の3月27日、町民の代表で組織された委員会が町長に栄町の情報公開制度のあり方を建議しました。この建議に基づき栄町は住民との意見交換を4月25日にふれあいプラザにて行いました。一年半前に議員発議で情報公開条例を出した責任者の一人として今回の住民代表による建議は注目していました。小生の意見をここに述べます。

一、情報公開について消極的な建議である。情報公開を必要とする住民よりも行政側に配慮をしすぎの建議。

 基本原則に「栄町の実情に合った制度を確立する」とあるが、実情に合わせるよりも制度を充実するのが先。実情に合うか合わないか誰が判断するのか。実情に合わせていたらいつまでたっても良くならない。情報公開を要求するのは住民であることを忘れている。

二、対象文書は職員が組織的に用いるものでないものも対象とすべき。

三、基本原則に「個人のプライバシーは最大限に保護する」とあるが、公務員の名を秘せてしまうような拡大解釈となっている。

四、制度実施以前の情報は公開の整備が完了したものしか公開の対象にしていない。町には公文書管理条例があって、すべての公文書は管理されているはず。それを公開の対象にすべき。

五、非公開事項の範囲はもっとせばめるべき。非公開の理由に「・・のおそれのある情報」となっているが誰がそのおそれを決定するのか。

六、審査会は町長の諮問機関になっているが、それでは公平性は保てない。執行部よりの人が審査会委員になれる可能性は大きい。議会が承認すべきである。

七、審査会とは別に、情報公開制度を常にチェックする「審議会」を設置すべき。

八、不服の場合は司法救済をも認めなければならない。

(意見)

 学者や弁護士を中心にして12人が苦労して作った建議にはご苦労様と言いたい。しかしまだまだこの建議には問題が多い。栄町に情報公開が必要であると多くの人が認めているが、誰が必要とするかという根本が分かっていないようだ。情報公開は行政が必要としているのではなく、住民が必要としているということが忘れられている。

 藤崎総務課長の説明によると、個々には細かい注文があったが、建議には反対もなく、委員12人全員一致で承認されたとのこと。この委員のメンバーには共産党の戸田議員(一年半前の議員発議者のひとり)もいたのだが。どうしてこのような行政よりの建議を賛成したのか小生には理解出来ない。

(参考)この栄町の建議は日本共産党の情報公開条例案とは似ても似つかぬ内容。

 議員発議の情報公開条例の中心人物が委員となったからにはもう少し町民側に立った建議になったはず。どうしてこのような建議になったかその理由を発表してもらいたい。情報公開制度を建議する委員が自分の名前を墨塗りした議事録を作ろうと提案した委員会。議会が選んだ委員を拒否した町長。再度議会が選んだ議員を最初の会議から締め出した委員会。委員は全住民に自ら情報を公開すべき。

【どのように議事録及び建議を入手するのか】

  1. ふれあいプラザ図書室の窓口で見る。
  2. 役場総務課に出向いて見る。
  3. 議会議員から入手。

尚、栄町はこの建議を基に、平成十年度中に制度化します。町長の約束です。

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1997年1月の補欠選挙後の臨時議会で選挙公報条例発議

 千葉県では2番目の町村レベルでの選挙公報条例を議員発議で議会に提出。可決しました。市レベルでは選挙時に行政側が選挙公報を出す条例がありますが、事務が煩雑なので町村レベルでは選挙公報を出す条例がありません。栄町も今まではありませんでした。

 今までの選挙でおかしいと思っていたので、今回の補欠選挙を契機に選挙公報条例を発議し、賛成多数で可決しました。

 次の町長選挙(平成11年2月)と町議会議員選挙(平成11年4月)では選挙公報が行政として出すことになりました。

(賛成)中嶋、桜井、石井、大野、山田、秋山、新谷、松島、高萩、野田、菅井、川崎、               加藤、戸田、野平、後藤

(反対)山本

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1997年1月19日の補欠選挙

 昨年10月の衆議院選挙で千葉県9区から出馬した水野健一氏応援の選挙違反(金品贈収賄)で5名の議員が辞職、町民86名を含む大量の疑獄事件に発展。栄町にとっては非常に恥ずかしい事件であった。 

順位

候補者

得票数

当否

大野 真

2145

桜井さだ子

1773

石井由也

1520

山本博久

1495

中嶋祐一

854

6

鈴木勝夫

661

石黒君子

600

合計

9048

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情報公開条例発議の経緯

議員選挙直後、議長および委員長のガス会社取締役就任→→議長不信任案可決→→衆議院議員選挙で議員5名逮捕→→町民約80名が事情徴集(大収賄事件発覚)→→情報公開条例発議→→可決→→町長の再議→→規定の人数に達せず廃案

何故栄町に議員発議の情報公開条例が必要であったか?(栄町見聞録38号より抜粋)

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1996年4月14日栄町議会議員選挙結果

順位

候補者

1992年

1996年

対比

伸び率

秋山 誠

987

川崎吉則

656

838

+182

+27.72%

菅原和己

834

篠崎昭太郎

950

768

-182

-19.2%

宮崎八郎

819

761

-182

-7.08%

野田泰博

451

745

+294

+65.19%

築比地満洲治

738

713

-25

-3.39%

新谷光良

710

戸田栄子

762

670

-92

-12.07%

10

野平幸男

735

665

-70

-9.52%

11

高萩初枝

755

646

-109

-14.44%

12

鈴木三郎

636

619

-17

-2.67%

13

松島一夫

604

14

岡田一郎

603

15

後藤政夫

741

591

-150

-20.24%

16

菅井 稔

381

448

+67

+17.59%

17

山田真幸

436

18

加藤洋一

603

410

-193

-32.01%

その他(2名)

4332

819

合計

12559

12867

308

+2.45%

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議会報告開始(1992年5月30日)

栄町見聞録第1号発行1992年5月30日

 議員になって初めての議会(臨時議会)の感想を述べたものだが、物議をかもしだした。

 共産党議員(戸田、高萩)、と大沢議員が監査委員の人事議案の際に退席したことを議決権を放棄したとして報告。議員の意思は議会で表示すべきであって、法律的観点で見ると、1審議拒否(議員の全権利放棄)、2審議に参加すれども議決棄権、3審議には参加すれども反対議決、4審議に参加して議決に賛成、の4つしかない。3名の行為はこの2にあたる。

 共産党との紙上討論会の始まりとなった。

 

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平成4年選挙結果(1992年4月19日)

順位

候補者

得票

年齢

何期目

篠崎昭太郎

950

65才

無所属8期目    28年

宮崎八郎

819

47才

無所属新人     0年

戸田栄子

762

47才

日本共産党5期目  20年

高萩初枝

755

37才

日本共産党新人 0年

後藤政夫

741

60才

無所属6期目    30年

築比地満洲治

738

54才

無所属新人 0年

野平幸男

735

68才

無所属6期目    30年

中嶋主計

732

65才

無所属新人     0年

川島建一

674

50才

無所属5期目    20年

10

川崎吉則

656

42才

無所属3期目    8年

11

南場武雄

653

69才

無所属3期目    8年

12

鈴木三郎

636

55才

無所属3期目    8年

13

加藤洋一

603

72才

無所属4期目   12年

14

宮本竹雄

532

65才

無所属3期目   8年

15

野田泰博

451

44才

無所属新人    0年

16

大沢宣勝

426

48才

無所属2期目   4年

17

伊藤新作

421

67才

無所属4期目   12年

18

菅井 稔

381

59才

無所属2期目    8年

その他3人

813

無効

80

合計

12558

1992年5月1日選挙後の初の新聞より抜粋

  初めての選挙、初めての演説、初めての後援会。すべて初めてづくめで選挙に臨みましたが、選挙が終わって票の重みをずっしり感じ取っています。アマチュアでもできるんだ、アマチュアの感覚が今、町政に要求されているのだと思っていました。アマチュア感覚を前面に押し出しての選挙をやってみましたが、今回の結果になりました。これからは町の政治を皆様がより身近に感じられるように努力してまいります。小生は普通のサラリーマンの立場を崩さず、サラリーマンの立場から考え、町政に意見を反映してまいります。どうぞこれからもご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

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